鷺浦
島根半島の西端にある海岸線は、出雲の神話の舞台としてよく知られています。この海岸線には、稲佐の浜や日御碕があり、どちらも素晴らしい夕日の景色を楽しむことができます。しかし、夕日と深い関わりのある天日隅宮(出雲大社)や日沈宮(日御碕神社)がこの海岸線に祀られていることは、あまり知られていません。
古代、出雲は太陽が沈む神聖な場所として認識されていました。出雲の人々は、夕日を神聖なものと考え、畏敬の念を持って祈りを捧げていました。海に沈む美しい夕日を祝う伝統は、世代を超えて受け継がれています。
出雲では、夕暮れ時に空を見上げると、美しい夕日の光が街を照らす様子に感動します。この風景は古代から変わらず続いています。昔の出雲の人々は、この夕日を見てどんな気持ちだったのでしょうか。そして、その思いはどのように私たちに伝わってきたのでしょうか。
神聖な出雲の地とその夕日をご案内します。1300年前の奈良時代(710-794年)に「出雲国風土記」が書かれました。この書物は、この地域の気候や出雲の人々の生活を記録したものです。最初に語られる神話は「国引き伝説」です。巨神ヤツカミズオミズヌが狭い出雲の地を広げようと、巨大な綱で海の向こうの土地を引き寄せ、「国よ、来い」と呼びかけました。新たに引き寄せられた土地は、出雲平野の北にそびえる山々とされ、綱は出雲平野の西にある弓形の海岸になったと言われています。
この弓形の海岸は、滑らかで白い砂浜が広がっています。しかし、北に進むと、山のふもとで海岸の風景はダイナミックに変わり、岩肌が露出します。この美しい風景を眺めると、確かに神の力で引き寄せられた土地だと感じます。稲佐の浜や日御碕と呼ばれるこれらの場所は、今でも多くの人々に愛され、日本海に沈む美しい夕日を眺めることができるスポットです。古代から出雲の人々は、夕日に畏敬の念を抱き、夕日を祀る神社で祈りを捧げてきました。
晴れた日の夕暮れ時、稲佐の浜の空は真っ赤に染まり、海岸に横たわる弁天島のシルエットがくっきりと浮かび上がります。この場所から南に広がる海岸線まで、目の届く限り、深紅の光が海に溶け込む幻想的なパノラマを楽しむことができます。稲佐の浜は、日本神話の舞台として有名で、国譲り神話が語られています。
国譲り神話は、日本最古の記録である『古事記』と『日本書紀』に記されています。この伝説では、高天原(神々の世界)を治める女神アマテラスが、大国主が治める地上の世界を自分の子供たちに譲るように言いました。大国主はそれに同意し、その代わりに神々の天に届くほどの高い宮殿が建てられました。
この宮殿は、出雲大社とされ、『日本書紀』では「天の下見の宮」として登場します。この名前から、古くから出雲は「太陽が沈む聖地」として考えられてきたことがわかります。
稲佐の浜もまた、神々を迎える聖地です。現在でも、旧暦の10月10日(11月頃)には、出雲大社で神迎えの儀式が行われます。この儀式では、日が沈むのを待ち、日本中から集まった無数の神々が人間の縁や絆について話し合うために集まります。こうした夕日の思いは、昔から絶えることなく受け継がれています。
日御碕(ひのみさき)は、日本海に突き出た岬で、荒々しい海岸線と、複雑な形をした険しい崖や岩が特徴です。名前に「日」の字が含まれる日御碕は、古くから太陽に関連する場所として知られています。明治時代(1868-1912年)に建てられた出雲日御碕灯台は、白い建物が今も残り、美しい景観を楽しませてくれます。日御碕を訪れると、灯台の背後で夕日が荒々しい海岸を赤く染める様子を見ることができ、まさに絵のような風景です。
近くには、珍しい朱色の出雲の日御碕神社があります。ここでは、海を司る神・スサノオが上の宮に、太陽の女神・アマテラスが日沈の宮(下の宮)に祀られています。一般的にアマテラスは昇る太陽の象徴ですが、ここ出雲では沈む太陽の象徴として祀られており、とても珍しいです。
日御碕神社の南東の森には月読神社があります。ここには、夜の神であるツクヨミが祀られています。スサノオと共に、これら三柱は三貴子(みはしらのうずのみこ)と呼ばれ、ツクヨミもまた夕日を守るためにここにいます。日御碕の西側には経島(ふみしま)があります。この島は、仏教の経巻が積み重なったように見えることから名付けられました。春から夏にかけて、ウミネコが島の上を飛び、夕日の美しさをさらに引き立てます。
毎年8月7日には、一般の人が立ち入ることのできない神聖な場所であるこの島で、日没の中で行われる御幸神事が行われます。この儀式には、日御碕神社の神職のみが
昔、政治の中心が大和(現在の奈良県)にあった時代、北西の方角に沈む太陽の方向(出雲方面)を「太陽が海に沈んで異世界へと続く遠い場所」と考えられていたようです。古代の人々が出雲を太陽が沈む場所と見なしていたため、『古事記』や『日本書紀』では、出雲がこの世とあの世をつなぐ場所として描かれているのかもしれません。
「ばんじまして」は、出雲の方言で、夕方に使う挨拶です。「こんにちは」と「こんばんは」の間に使われ、日本の他の地域ではあまり聞かれません。夕日の特別な感情を大切にする心が、出雲の人々に受け継がれています。海岸線と夕日は、静かでありながら激しい表情を見せます。その表情が交錯する中で、出雲に住む人々は、夕日の風景の美しさが神々によって作られたものだと感じていたに違いありません。